長耳碧目録〜日本と西洋が出会った頃

1853 年7月(嘉永6年6月)ペリーが浦賀にやってきて、江戸年間の殆どを占めた鎖国の時代を揺るがせます。それからわずか20年余の間に、日本は幕府制度をと りやめ、藩政をとりやめ、刀を外し、髪を切り、鉄道を通し、電信設備を築き、封建社会を産業革命の時代へと送り込みます。そのわずかな間にあった多大な出 来事のいろいろを外国との接触に焦点をあてて覗いてみました。主に英語圏のもの、特にアメリカに焦点が当たっています。

まだ出来ていないページもたくさんあります。

いつまでたっても進まないうちに、忘れてしまったことが一杯あり、へんに中途半端なのが気になるので、編集中ですが、引き続き公開しております。

おしなが

畠山義成に関する別サイト

薩摩留学生で開成学校校長の畠山義成に関するサイトはこちらです。

黒船以前

黒船以前に日本にやって来た西洋人や西洋に関する出来事の紹介です。遭難漁師の音吉を届けにやって来る商船モリソン号、初のアメリカ人英語教師レナルド・マクドナルドなどを紹介します。

ペリー艦隊からハリスまで

マシュー・カルバース・ペリーとその艦隊についての紹介。エール大学所有の吉田松陰が渡した手紙の三角訳(漢文>英語>日本語)もあり。ハリスとペリーを別々にしてましたが、ハリスがひとつも進まないので、暫定的に1つになっています。今後また分かれる可能性もあり。

条約と公文書

ペリー、ハリスの結んだ条約、フィルモアの親書ほか、条約、公文書の英文和訳、および、勝手な感想を紹介。現在のところ、ハリス条約まで。

日本に影響を与えた外国人

開港以降に日本にやってきた外国人、特にアメリカ人について。なんも進んでいません。

浜田彦蔵

この人に大変興味があって、黒船以前のところから独立しました。いろいろ資料はあるのですが、進みません。。。

日本側からの渡航者

日本から海外へ旅立った留学者、使節などについて。これも進んでません。

下関戦争〜長州の攘夷決行と四か国連合艦隊

突 然の攘夷決行に怒った英米蘭仏による連合艦隊が下関を攻撃。即時報復に乗り出した米国軍間ワイオミングと米国海軍率いるその艦隊、1年後に4か国連合を引 き連れて行く英国ユーリアス号と英国ロイヤルネイビー艦隊を中心に、乗組員の記述、新聞記事などを紹介します。現在、即時報復に乗り出した米軍ワイオミン グに同乗するジョセフ・ヒコこと浜田彦蔵の回顧録から、米軍出撃をご紹介しております。

その頃のアメリカ

日本が尊攘から倒幕に走る時代、アメリカは南北戦争。外国との戦争では本土戦闘を経験していないアメリカの最大の戦争の時代を、復元劇、庶民の生活などから紹介します。

岩倉使節アメリカのたび

ときは下り、明治初年、アメリカ横断から大西洋を渡り、ヨーロッパを歴訪、アラブ、アジア経由で2年近くの旅に出た岩倉使節団。彼らの旅のうち、アメリカの部分をご紹介。当初の予定に反し、現在ここが一番進んでおります

米 国在住が長いため、子供の頃から興味のあった幕末のあれこれを日本語で調べることが困難になり、英語で書かれたその時代の日本を探っているうちに、そっち のが面白くなりました。ところが、記憶力に激しい限界を覚え始めたので、書き留めておいているのがこのサイトです。従って、情報は殆どが英語圏、特にアメ リカのものです。

吉田松陰とその弟子の諸国見聞記録でもある「飛耳長目」にあやかって、イースター島の長耳族が碧い目で見たような、アカデミックな知識は全くない趣味のサイトですので、間違い、疑問がありましたら是非是非ご連絡下さい。

作者:ながみみ

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