9. NY Timesの取材(2)報道に関する畠山の意見

NYタイムスに取材された畠山の記事だが、興味深いのが、報道(プレス)に対する意見だ。畠山は、…. expressed the opinion that the Press of America was a moulder of public opinion, and altogether a great institution. He appeared to be familiar with the leading journals of the City, and especially with the Times, which he said had been instrumental in making a change for the better in the politics of New York(アメリカの報道は大衆の意見をまとめるもので、全体として素晴らしい組織だ、という意見を述べた。彼はニューヨークの主な刊行物、特にNY Timesを良く知っているようで、NYの政治を良い方向へ変える手段である)、と言ったのだそうだ。

ここで畠山は、報道を「molder(綴りが古いmoulderになっているがmolder)of public opinion, and altogether a great institution」と言っている。クオテーションしていないので、畠山がそのままの言い方をしたかどうかはわからないが、少なくともそういう意味のことを言ったのだろう。

この時代であるから、畠山が言うのは、記者会見や公式発表というのがあって、それが電信で全国に伝わったり、全国からニュースが集まったり、報道内容に対する様々な意見が公開される報道のシステム全体を指していて、それを素晴らしいというのだろう。

アメリカの報道については、前述の森の出版物であるLife and Resources in Americaの文化、芸術の項で、特出したものという扱いで紹介している。そこでは、Power of the Pressといい、編集者とその補助をする者、ライター、レポーターの役割等も説明しながら、それが大きな産業でもあることや、報道の自由についても述べている。この項は、もしかすると畠山が書いているのかも知れない。

素晴らしいというのだから、褒めてはいるのだが、やけに「上から目線」な評価ではないだろうか。おかげで、この記事の見出しは「日本人使節の到着ーー杉浦(畠山)のアメリカと報道に対する意見」になってしまっている。取材対象は日本へ帰国する大久保と伊藤だろうに、一介の付き添いでしかない畠山の名が見出しになっているわけだ。ん?なんだ、こいつ?というような、記者の関心を引いている短いコメントだと思う。

この時代の日本ではいくつかの新聞が既に発足しているものの、報道というシステム自体が確立していないわけだから、報道、出版のシステムと同時に、それによる民衆の啓蒙を賞賛しているには違いないのだが、このmolder of public opinionという言い方は、必ずしも褒めている、ありがたがっているだけには聞こえない。普通に、報道は大衆を啓蒙している、民度の向上に大きな役を担っている、と言いたいのであれば、molderとは言わないだろう。現在はモールダーという言い方でなく、モールドmoldが一般的な言葉だと思うが、モールドというと、自分はプリンとかゼリーを作るときの「型」を思い浮かべてしまって、要するにそれを意味している。これはむしろ、そのまんま、マスコミが世論を型にはめてしまう21世紀現在の社会批判であり、皮肉にさえ思える。

ニューヨークのポリティックスを良い方向へ変えた、というのも、勿論、一般大衆に政治を変える力があることを評価しているのでもあろうが、これも、マスコミが大衆の意見を誘導するという、現代の文明批判にも聞こえる。

ここでも畠山は、良い方向に変えた「手段」にinstrumentalと表現している。手段と訳したが、道具、そうさせたものの要素の一つ、というニュアンスだ。

こういう語の選び方に、自分は畠山の東洋的な嗜好を感じる。まっすぐに一つのことを言うのでなく、短い文に別の意味を加える俳句や短歌に、東洋好みの西洋人は絶大の評価を置く。皮肉というほど辛辣ではなく、暗示というほど、別の意味の方に焦点があるのでもない。しかし、そのまま一つだけの意味ではない「雰囲気」のようなものに、西洋人は異文化の魅力を感じるようだ。畠山は、出航する時に詠んだという句で「しのぶ」という語を二度も使って遊んでいるが、ものごとを考えたり、わかったりするだけでなく、深く味わうような、一つのものを一方向からだけは見ない、日本人的なあそび心を感じる。

この「NYの政治を云々」というのは、レオナルド・ディカプリオが主演したGangs of New Yorkという映画に、その時代の匂いが描かれていると思う。たまたまテレビでやっていたのを途中から見て、途中で寝てしまったので、この映画自体のことは良く知らないのだが、映画(及びその原作)の舞台は、南北戦争直前のNYである。髪の毛を洗え!と言いたくなるリアルさが、秀逸にしてイヤな映画だったが、暴力沙汰から時代を描いたその映画は、政治家が大衆を暴力を介して取り込む側面を描いていて、言ってみれば、これも一つの(というより、大きな)instrumentである。

恐らく、その南北戦争も終結して、戦後の混乱からも回復したアメリカ東部にいた畠山は、そういう論評も目にし、耳にしていただろう。それらをひっくるめて、報道というのは全体的には良いシステムだ、と言っているのだ。

つまり、報道のシステムを全体的に総括して賞賛しているのと同時に、それによって派生する弊害のようなものを示唆してもいるわけだ。その後の歴史を見れば明らかだが、報道は大衆操作の道具になり得る。畠山自身にそういう意味合いがあったかどうかは知る由もないが、ほんの短いコメントの中で、報道の可能性と限界を同時に見極めた意見になっているのが面白い。

しかし、自分は昔の学者の思考の深さというものに多大な敬意を払う者なので、たまたま普遍的なことを言ってしまったのだ、とは思わない。民衆の開化、民度の向上の重要性には、これより以前の書簡でも触れている畠山であるから、勿論、報道がその手段になることには大いなる可能性を見ているだろう。しかし、当時のアメリカの刊行物に親しんでいた畠山は、当然、その時代の世論も知っている。そしてその両方が報道、大まかに言えば新聞であった。ものごとをあちこちから見て楽しむ東洋的な関心から見れば、報道に内包する大衆操作の可能性にも考え及ぶのは当然だろう。

その辺りのことは、森の出した上記の本(Resources in America)の報道に関する項でも触れている。だから、取材者は、必ずしも賞賛だけとも聞こえない意見を読み取って、何だこの野郎….とも思いながら、興味を覚え、見出しにまでしてしまっているのではないだろうか。概ね、遠い国から来た、珍しい出で立ちのおサルさんとしか見られていない日本人が、一矢報いたようで小気味いいではないか。

余談だが、NYタイムスは、幕末時代にフランシス・ホールという特派員的な寄稿者を日本に持っていた。ホールは記者として記事を送る傍らで商社も持ち、薩摩の第二次留学生の方は、彼に関係したルートで留学生を送っていると自分は思っている。ホールは、来日前、アメリカにいた時代からブラウン牧師と関係が深く、日本へもフルベッキ、ブラウンと一緒に渡航している。自分は、彼も当時の日本人留学生、及び改革派教会宣教師のパトロンの一人であると思っている。更にその後、彼の後継的な立場でやってきたエドワード・ハウスはグリフィスと大変親しく、フルベッキが校長役を務めていた南校で教授もしている。

薩摩の留学生が新聞でお馴染み的な扱いになっているのには、恐らくホールやハウスが関わっているだろう。

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