市民軍参加

Andrew Cobbing氏のThe Satsuma Students in Britain: Japan’s Early Search for the essence of the Westのただで読める部分を読んだところでは、薩摩留学生たちはUCLには学費を払っているようだから、通ってはいたようだ。が、そこには、畠山がWoolwich(ロンドン西部)にあったロイヤル・ミリタリー・アカデミー(英国の士官学校)へ入ろうとしていたことに触れている。 続きを読む 市民軍参加

ハリス関係の日本人

花房義質と結城幸安と柘植善吾と中井弘

畠山がハリス教団を離れてすぐ、土佐の結城幸安がブロクトンを訪れている。当時、結城も花房と一緒にボストンにいた。

林氏の論文によれば、結城は5/22~29にブロクトンにいたそうだ。彼がブロクトンに到着したときは、正に分裂騒動のまっただ中であったらしい。畠山は花房への手紙の中で、「さて結城子もよんどころなき訳合にて御地滞在のよし、なんともお気の毒千万、紙上に述べがたき次第にござ候(漢字を平仮名にしてます)」と言っている。 続きを読む ハリス関係の日本人