条約と公文書〜フィルモアへの返信

 
 

大統領親書の要望に従い、返書を米国大使である閣下に託す。

皇祖の法によって最も禁じられているため、貴国の要請全てに今すぐ満足のいく返答を差し上げることは不可能であるが、このいにしえの法に従い続けることは時の精神を誤ることである。しかしながら、わが国は危急の要に迫られている。

先 年の閣下のご訪問時に病に伏せていた天皇は御崩御された。後継となった現在の天皇は、これにより多くの責務を抱えており、他の執務を執ることが出来ない状 況にある。また、天皇はその御子や公家高官に法の遵守を約束している。従って、現在、古法の改定が不可能であることは明らかである。

昨 年秋、オランダ船の出帆にあたり、日蘭交易の責任者は本件に関する報告を貴国政府に依頼され、返書を受け取っている。長崎には先ごろ、ロシア政府の要請を 告げるべく、ロシア大使が来訪した。これに対しては、いかなる返答も下されず、ロシア使節は長崎を離れたため、他国からの同様の要請には、いかなる国に対 しても、同じ対応がとられるものと考える。しかしながら、その必要を認め、石炭、材木、水、食料の提供、及び、遭難者の救助、遭難船舶の保護については、 貴国の要請を完全に受け入れるものとする。これにあたる港は追って通知し、受け入れ準備を整えるが、これに5ヵ年程を要するものとみなす。石炭の供給に関 しては、1855年2月16日をもって開始とする。

石炭の供給については前例がないため、閣下に見積もりを提供頂く旨をお願いし、熟考の上、法に反しないことを確かめた上で実施するものとしたい。食料、石炭とは、どれくらいを意味しておられるのだろうか。

最後に、わが国の提供し得る物品で船舶の要するものがあれば、その価格、交換物品については黒川嘉兵衛、森山栄之助が定めるものとする。前述の準備が整えば、次回の面会時に条約は調印の運びとなる。

捺印による高官名代
森山栄之助(通訳)

和訳 by ながみみ

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上記は引用している文書がどれくらい正確なのか不明なので、その程度のものとして認識されたい(大意に違いはないと思うが、抜粋、省略の可能性あり)。

これよりも前に、オランダ使節に託した手紙というのが存在するようだが、それはまだみつけていないので、ご存じの方はご一報下さい。

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これを訳していてまず思ったのは、ペリーの渡したフィルモアからの手紙が、米国の長である大統領から、日本の国の長(と理解していた)国王のようなもの(将軍というより、天皇ではないかと思うのだが)に対して書いていたのに、一通訳が、文部省長官とでもいうべき林大学の代理として返信しているのが、結構失礼では?ということだ。そこには、日本側の天皇、或いは将軍として返信できない事情があるにしても、この手紙は、米国側に「国王にあたるような人は全権を持っていないのでは?」というヒントを与えるのに大変有意義だったと思う。その後、外国側は将軍に対して、Tycoonという大分下がった呼び方になってしまうので、バレたんだな...と思う。

本書の発信元である森山栄之助は、幕末ファンよりも、通訳、翻訳に携わる日本人にとって第一人者として知られている。別項のレナルド・マクドナルドが長崎で幽閉中に英語を教えた日本人学生12人の一人で、中浜万次郎、音吉と共に、日本の英語教育の超先駆であり、森山は幕府の公認通訳長官なので、その方面では神(?)のような存在と言っていいと思う。

また、物々交換なんかは、この人か森山栄之助に聞いてくれ...と言われている浦賀与力(奉行ではない様子?) の黒川嘉兵衛 (嘉平衛なのか、嘉兵衛 なのかも不明だが、吉田松陰が兵にしてるので、こっちにしました)については、果たしてどういう人なのか、現在は詳細をつかんでいない。恐らくは、この時点で通関の全権を任せられているというのが、アメリカ側の読み方と思われるのだが、日本としては、そんな全権を預けていたのだろうか。徳川慶喜の側近とも言われるので、水戸関係の人だろうか。水戸の人は与力にならないのではないかと思うので、詳細を調査中です。

英文を読んだ感想としては、冒頭の部分が何を言いたいのかわからん!

一見すると、「米国が要請していることはわかるので、フィルモアの親書に対して、米国の要望に添うような返答を出すのが危急と思う」と言っているようにも思えるが、次に、天皇は病気で死んだし、時間かかるかんね...と言っているので、色々忙しいので待ってろ...ということを言っているとは思うのだが、 この辺りで、その後も綿々と続く日本外交の「言いたいことがよくわからん」攻撃を早くもくり出している。むかつきつつも、真意を計るしかない...という、アメリカ人には全く抗戦不可能な攻防の神髄が見えかくれしていて、いとおかし、ではある。しかし、5年は長過ぎ。アメリカ人は5年も先のことを、はいそうですかと承るような人々ではないので、5年と行ってしまったのが、その後のアメリカの態度を硬化させたと、あたしゃ思う。

あと、石炭とかほしいと言ってるが、どんだけほしいのか?いくらくらいか教えれ...と言っているのが、かわいすぎる。

5年も待てと言ってるんだから、その間に調べろ...と言いたい。
しかしここがまた、日本のよくわからん外交の妙で、このあたりは、実はアメリカ人を知っていたのか?!と思わせる(偶然だと思うけど)。アメリカ人というのは、こういう場合に、国を挙げてやらずぼったくりは、あんまりしない国民だと思う。してる場合は、そこに某かの思惑があるのではなく、単にわかってない、或いは、担当者の独断的横暴(大体これ)ということが多いので、この場合、既に石炭の世界的な相場は把握しているはずなので、多分、納得の値段を出し たのではないかと推察する。

 

フィルモアの親書への返信