畠⼭が合流したワシントンでは、正式権限の不⾜で条約改正交渉に待ったがかかり、伊藤、⼤久保は天皇からの正式委任を取りに⼀時帰国する。結局、条約改正は断念するので、彼等の⽇本往復は無駄⾜になる感もあるが、⼆⼈を待つ時間的ロスを有意義に活⽤せんと考えた⽊⼾孝允は、個⼈教授(後に開成学校にやってくるパーソン教授)について英語を学び、畠⼭と久⽶の憲法翻訳会に参加する。これにより、久⽶、畠⼭の下級随⾏員が、⽊⼾というトップ官僚に、図らずも急接近することになった。
久⽶の談(久⽶博⼠九⼗年回顧録)によれば、久⽶と⽊⼾は、肥後の安場保和の帰国問題に絡んで接触したことから懇意になったという。
攘夷の⼈である安場にとって岩倉使節団の随⾏は苦痛であり、資⾦的な無駄に思えて帰国を望み、その交渉のために、久⽶は⽊⼾を知るようになった、と久⽶は⾔っている。なんでも、安場はワシントンに着いても、数字を読まず、部屋やホテルの階を間違ったりしていたらしい。何千という⽂字数の漢字を解する当時の⽇本⼈が、たった10しかない数字を読めないわけがないのだから、これはどう考えても読めないのではなく読まないのだ。どんだけ頑固なんだwと笑えるが、アラビア⾺派に反感を抱く安場の⼼意気やあっぱれでもある。
といって、安場は⼩楠の筆頭弟⼦みたいな⼈なのに、なぜ明治が既に5年にもなった時点でそんなことを⾔っているのか?という疑問は残るのだが、この辺りは調べる術がないので先に進む。ひとつの回答として、自分は、安場は湘南の甥二人が世話になっていた人々にお礼を言いに来たというのが安場の任務であったのではなかったか、と思っている。使節団の任務は元から安場の仕事ではなく、横井兄弟がお世話になった関係者にも会えたのでお役御免だから帰ろうと思ったのだろう。だからその辺りの機微に通じているであろう白峰駿馬が一緒に日本まで帰ったのではなかろうか、と思うのだ。
久⽶は旅程の途中で使節全体の公式記録者になるが、当初は岩倉の個⼈的な書記として随⾏した仕事上の理由から、岩倉、⽊⼾、⼤久保、⼭⼝の乗る同じ⾞両に乗っていた(ちなみに伊藤博⽂は、おっさん⼀⾏からは離れ、主に福地源⼀郎などと賑やかに旅をエンジョイしていたらしい)。それまで⽊⼾と全く接触がなかったのではないが、久⽶が⽊⼾と親しく話すようになったのは、安場に関する話のときからだそうだ。
当初、⼤久保と伊藤の⽇本往復を待つ間に時間のできた久⽶は、何か有意義な翻訳でもしようじゃないか、ということで、畠⼭と⽶国憲法の翻訳を試みたそうだ。その頃には、既に、記録官と通訳ということで、久⽶と畠⼭は親しい関係になっていたようだ。その憲法勉強会を久⽶から聞いて、⽊⼾が興味を⽰した。ちょうど⼀旦⼤まかな翻訳が出来たところで、これから推敲していくので、では⽊⼾さんの意⾒も聞かせてくださいな、というような流れで⽊⼾の参加になったそうだ。
久⽶や畠⼭から⾒れば、⼀⾏の実質的最⾼幹部である⽊⼾が仲間に⼊るのは、ほんの気まぐれ、暇つぶし、くらいに思えただろう。ところが、⽊⼾⽇記を⾒る限りでは、⽊⼾は本当に毎⽇、⾜しげく畠⼭のもとに通っている。
⽶国の憲法については、彼等よりも先に和訳しているものがあり、⽊⼾は、ヒコ(ジョセフ・ヒコ、浜⽥彦蔵。漂流してアメリカ船に救助され、アメリカで育つ)の談で、幕末にヒコから⽶国憲法のことを聞いて感⼼する話もあるのだが、内容を学ぶ時間は取れなかったのだろう。この機会に!とばかりに久⽶と畠⼭の仲間⼊りをしたようだ。
久⽶がいうには、木戸は朝からきて、昼ご飯を⾷べるとまたやって来るような熱⼼さであったらしい。⽊⼾孝允の真摯な学徒としての姿勢が垣間みられる談だ。⽊⼾は、後年にイギリスへの留学を志して、実⾏に移す前に寿命が尽きて果たせなかったが、政府の中枢で政治をするよりも、こういうことをしたかったんだろうな、と⾃分は思う。⽊⼾は、死後、「故内閣顧問」と書かれていることが多い。最後の役職でもあるだろうが、その⾔葉で想像できるような仕事が、⽊⼾の希望していた職責なのではないかとも思う。
この憲法勉強会の頃の久⽶の回顧譚で、「⽇本にも、当⾯の憲法のようなものがある」という久⽶に、⽊⼾が「あ?そんなん、あんの?」とボケをかまし、五か条のご誓⽂のことだと⾔われて驚き、「んで、どんな内容だったっけか?」と三段構えに⼤ボけをかます話がある。
⾃分で作っておいて思い当たらないのもどうかと思うが、内容を忘れてしまっているのもすごい。⽊⼾はそこで久⽶から五か条のご誓⽂を借りて⾏って、改めてこれを読み、うーん、よく出来ているではないか、と感⼼したりもしている。五か条のご誓⽂に⽊⼾が関わっている、というのはウソかも知れない….と思わせるこの天然ぶりは、⽊⼾ファンにはたまらないだろう。(ここ、ややホラぎみの久⽶の談よりも、更に誇張して、⽊⼾の魅⼒を訴えております。恐らく、現実としては、久⽶がご誓⽂のことを⾔い、⽊⼾がアメリカの憲法を知った⽬で照らし合わせる意味で、確認したかった、ということだと思います。>⽊⼾ファンのみなさまへ。)
こうして伊藤、⼤久保の留守中、久⽶を交えた交流で⽊⼾と親しくなった畠⼭は、⽊⼾を兵站に連れて⾏って、ばりばりの最新兵器であるレミントンの元込め連発銃なども⾒せたり、図書館や博物館に連れて⾏くなどの案内役も果たす。また、⽊⼾の甥(後に養⼦になる⽊⼾孝正、当時、来原彦太郎)が寄宿するアマースト⼤学のシーリー教授との連絡係を務めたりなど、公私に渡ってその能⼒を発揮しながら、個⼈的な信頼を得ていくことになる。